木下美穂子、ソプラノ・リサイタル

小春日和の一日、また素晴らしいコンサートに出遭えました。

青葉台にある手頃な音楽空間、フィリア・ホールで行われた「木下美穂子 ソプラノ・リサイタル」。
このホールは継続して、土曜ソワレシリーズ「女神との出逢い」と題した演奏会を開催しています。タイトルで察しがつくとおり、女性の演奏家によるリサイタルを核にしたコンサートです。
毎回通っている固定ファンも多いシリーズで、時どき参加する私でも、常連さんと思しき顔を記憶しています。
但し東京都心からはやや距離があるので、私には毎回通う気力はありません。かつて竹澤恭子と江口玲によるベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会が行われたときには、毎回通って大きな感銘を受けたものです。

今回は今シリーズの第159回、期待の大物ソプラノ、木下美穂子の登場です。
プログラムは、
ヘンデル/私を泣かせてください
ヘンデル/私の魂
アレッサンドロ・スカルラッティ/すみれ
ドニゼッティ/愛の手紙
ドニゼッティ/私は家をつくりたい
ドヴォルザーク/歌劇「ルサルカ」~アリア「月に寄せる歌」
ヴェルディ/歌劇「トロヴァトーレ」~アリア「穏やかな夜」
休憩を挟んで、
チマーラ/郷愁
チマーラ/ストルネッロ
ヴェルディ/ストルネッロ
ヴェルディ/歌劇「オテロ」~柳の歌「泣きぬれて寂しい野に唯一人歌う」
同「アヴェ・マリア」
プッチーニ/歌劇「マノン・レスコー」~アリア「捨てられて、ひとり寂しく」
というもの。

私は歌はよく判らないので、個々の作品について何かを述べる資格はありません。
しかしここで歌われた一曲一曲を彼女が完璧に把握しており、丁寧に、かつ持てる力の全てを出し切って表現していたことはシッカリと受け止めました。
例えばヘンデルからスカルラッティに移ったときの、両者の国民性の違い。続いてドニゼッティが響いたときの、両者の生きた時代の違い。
それらが、目の前にパッと開けるように、音風景が変化していくのです。

プログラムの組み方も良く考えられています。歌曲とオペラ・アリアのバランス、単調にならないように工夫された曲順。
木下美穂子さんは一つ一つ確かめるように、聴衆の気持ちを終結に向けて高めてくれる。
圧巻はオテロ。これほど素晴らしいデスデーモナを味わったのはフレーニ以来か。ピアノ伴奏でオペラのサワリを聴く、というような域を遥かに脱し、ヴェルディのドラマが眼前に展開しているよう。

続けて歌われるプッチーニ。ヴェルディとはスタイルを全く異にするヴェリズモの絶唱。
私は前から3列目でオイオイと泣き腫らしていました。止めを刺すようなアンコールは、トゥーランドットからリューのアリア。“お願いです美穂子さん、あんまり泣かせないで下さい”。
木下美穂子という大きな名前が、また一歩階段を昇りました。我々は頼もしくその姿を見上げるばかりです。

それにしてもあのデスデーモナ、カラヤンに聴かせたかったなぁ。テバルディ、フレーニに続いて第3の「オテロ」が生まれたかもしれない・・・。
そうそう、うっかり忘れるところでした。
ピアノ伴奏を務めたのは御邊典一氏(おんべ・のりかず)。NHKのテレビカメラが回る緊張の中、端正なピアノで木下をしっかりサポートしてくれました。ありがとう。

 

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